多様性とはかくも難しいものなのか

いつだったか忘れてしまいましたが、何かのニュースで山本太郎を支持するような内容の記事を見たときのことです。 yoshihiro0709.hatenablog.jp

 ここにも書きましたが、山本太郎の言っていることはいわゆるポピュリズムの塊です。こんなので政治は絶対にうまくいきません。唯一消費税に関することだけなぜかまともなのですが、とても自分で考えられるとは思えないのできっと誰かの入れ知恵だと思っています(笑)

でもってですね、こんなポピュリズムでも(むしろポピュリズムだから)それなりの得票であやうく当選しかけたわけですよ。となると、そこかしこに結構な支持者がいることになるわけですよね。

そこで問うわけです。ここまでの一連の知識を持ったうえで、あなたの前に山本太郎の支持者が現れたらどう思いますか?

「うわ~、あんなの支持しているんだ。アホじゃね」

って思いますよね。ま、後半の「アホじゃね」の部分は別に何でもいいんですけど、とにかくその人を見下しますよね。

そこまでは人間として別におかしな話でもないのでいいのですが、問題はここからです。あなたは多様性という言葉のもとに、その見下した人間と対等に付き合うことができますか?

きっとほとんどの人にはできないと思うんですよ。なぜなら前述している通り、おかしな人間を支持している人は見下すことになる、つまり自分より下の人間だという位置付けになるからです。

でもそれは正常なのです。なぜなら自分より格下の人と対等に接すると、第三者からはその格下の人と同等に見られるという生物のヒエラルキーがあるため、それはできないとなるのが普通なのです。

僕はこのことに気が付いたうえで、目の前に、あるいは同じ会社に山本太郎の支持者がいたときにその人を対等に扱えるだろうかと何度もシミュレーションしてみたわけですが、いや・・・難しいんじゃないでしょうか(笑)

結論としては誰だよこんなことを言い出したヤツは!!!

と言ったところでしょうか(笑)

本当はもっといろいろと考えていたのですがめんどくさくなったと、内容自体がセンシティブなので止めておきます(笑)