マッハ新書ならぬマッハブログ(と言う名の落書き)

ただのポエムです。マッハでそれなりの文章を書くのが目的(訓練)なので、よほどのひどい誤字脱字でない限り推敲しません。

しかし本当に言われた記憶がない

先日、会社でこんな話があったんですよ。

「いい学校(ここで言ういい学校というのは偏差値の高い学校)に入るとそれなりに良い給料がもらえる(から勉強をがんばりなさい)」と人生で一度でも言われたことがある人は手を挙げて・・・。

はて、思い返してみるとそんなことを言われたことはただの一度もない。いや、記憶を辿ってみても本当にない。そもそもにおいて、僕の両親は二人とも高卒である。しかも、聞いたわけではないがどちらかと言えばおそらくなんちゃって高卒に近い立ち位置で、おおよそ勉強なんてものとは無縁の存在だったんじゃないかと思われる。

自分の家のルーツはよく知らないんだけど、実家の土地の広さを考えるとおそらく昔は地主かなにかだったのだろうと思われる。ちなみに実家の村ではよく後藤一党(?)という言葉があって、僕は本家の長男ということなので、おそらくこの村の後藤さんのルーツの血筋なんじゃないかなーと思うわけです。知らんけど。

正真正銘のど田舎なわけで、当然そんな勉強による競争社会なんてものとは無縁だったわけです。家の裏にある堤防でダンボールに乗っかって滑り降りていたあの頃にはそんな言葉とはおおよそ無縁だったわけです。

・・・あれ?

なんで今こんなところにいるんでしょうね。実際のところ、自分でもよく分かりません。あ、あと何度かFacebookでも書いたような気がしますが、僕は勉強嫌いだったので受験勉強なんてものを一切しておりません。マジメに受験勉強やら対策やらした人からしたら相当ふざけた状態ですが、高校は進学校である大垣南高校に入り、大学は岐阜県民ならそこそこ羨望の岐阜大学に入っているわけですが、どちらかというとただ単に運がいいだけのような気もします。

運も実力の内だけどな!とこういう時だけ言ってみるw

ところでなぜ僕が進学校に進むことになったのか・・・いや、全く分かりません、というか覚えていません。なんとなく、ですがただ単に学校の進学担当の先生に「キミの偏差値ならこの高校(大学)が受けられるけどどうする?」みたいな感じで言われるがままにそうしていただけのような気がします。

ただ、僕には一つだけずっと縛りがあって、それは「本家の長男だから実家をずっと守らなければならない」というものがありました。でも、それすらも直接そう言われたことってなかった気がします。でもなんとなくそういう使命を背負っているような雰囲気がありました。

なので、大学は実家から通える大学を選択する必要がありましたし、就職も実家から通える職場である必要がありました。いや、そんなことを強制された記憶はないですが、心の奥に潜在的にそういう意識はあったのだろうと思います。実は新卒で任天堂に入社したかったんですよ。でも京都なんてどうやっても通えないよな・・・って思って諦めたのは今でも覚えています。

それと実際に入社できるかはまた別の話ね。今から思うと多分無理だったんじゃないかな・・・w

ここまで色々と考察してきて思ったのは、そもそも僕の両親には「いい会社に入ればよい待遇(給料)が得られる」なんて知見そのものがなかったんじゃないかな、と。だからそんなことを言われた記憶がないんですよね。いや、別にそれをバカにするとかそんなんじゃなくて、別にそんなことを知っている必要がない時代もあったんですよ。別に今もそんなこと知らなくてもいいのかも知らないけど。

あ、ちなみに僕は自分の子供達にはそんなことは一言も言っておりません(笑)