マッハ新書ならぬマッハブログ(と言う名の落書き)

ただのポエムです。マッハでそれなりの文章を書くのが目的(訓練)なので、よほどのひどい誤字脱字でない限り推敲しません。

世界がいかにムダの塊で構成されていたかを思い知る

初めに言っておきますが、僕はムダなものが大好きです。というか、そもそもにおいてそれがムダかそうじゃないかなんてのは個々人の嗜好やらポリシーによるところが大きいわけで、絶対的ムダなんてものはおそらく紙幣でお尻を拭くことくらいじゃないかと思いますw

しかも詰まるので流したらダメだよw

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それを分かった上であえて線引きをしてみると、ムダかそうでないかの究極の線引きは「これをやらないと死ぬ」という線だと思いますが、それってつまり「食べる」と「寝る」以外は全てムダになってしまうわけです。でも冷静に考えてみて「ただ生きるのみ」というところに焦点を持ってくればあながち間違ってもいないのかなと思いますが、その人生が楽しいかどうかはまた別問題です。

コロナでみんなが自粛と言っていろんな活動を控えた結果、今のような悲惨な状況になってしまいました。つまり、世の中ってのはムダなことの塊だったんですよね。そういえば、よく政治絡みで「ムダなものを作るな」とか「ムダな工事をするな」とか出てきますが、あれだってきっとムダではなかったはずなんですよね。例えばその工事をすることで誰か一人分の給料が出るかも知らない。あなたにとってはムダに見えるのかも知らないが、関係者や当事者にしてみれば必ずしもムダではないかも知らない。逆にあなたがムダだと思っていないことは実はほとんどの人にはムダに見えているのかも知らない。そういう話をすると、税金はもっと有意義に使ってほしいなんて話が必ず出てくるのですが、その税金の使い方が有意義じゃないってなんで決めつけられるのでしょう?

あ、まあでも必要以上に年寄りにお金を使うのはさすがに(国家のサステナビリティという視点で)ムダと言わざるを得ないですかね・・・。僕が本気でムダだと思うのはこれくらいでしょうか。

もっとムダで溢れかえっている世の中に早く戻ってほしいものですね。